小山せんべい店の歴史
元祖津軽路手焼きせんべいは昭和20年(1945年)二代目小山悟の父である小山正雄が弘前で創業しました。現在の弘前城近くではなく、弘前駅の裏側の城東地区で店舗を構えていました。先代のころは「ピーナッツ」(落花生)と「ごま」のせんべいの2種類を販売していました。ピーナッツがまるごと入って値段は60円でした。当時のせんべいの値段は30円程度なので高級なせんべいでもありました。
父である先代の小山正雄の手焼きせんべいへの腕とこだわりは徹底していた。小山悟(現在の二代目)は若き頃、帰郷して父の焼き方を見よう見まねで焼いていた。しかしながら同じ道具、同じ原料を使用しても父・正雄のせんべいには遠く及ばなかった。味だけでなく見た目も父・正雄の焼いた「手焼きせんべい」は豪華さがあったと言われている。
後に二代目となる小山悟は若き頃、高級ナッツを使用した新しい商品を開発したいと心で思っていた。父・正雄にそのことを告げると先代はこう言った。「昔ながらの津軽のせんべいは落花生とゴマが合う。それ以外は邪道だ。」それでも小山悟はあきらめられず、父の目を盗んで高級ナッツのせんべいを焼いた。その高級ナッツは「アーモンド」であった。当時、アーモンドは「1粒100メートル」と言われていた時代だった。そんな高級ナッツを使用したせんべいを1枚100円で販売したいと小山悟は考えていた。後に先代の許可を得た「アーモンドせんべい」をはじめとした商品は小山せんべい店の主力商品となる。
小山せんべい店は二代目小山悟の代になって、多店舗展開をしている。店舗が増えても変えられないこだわりがあった。それは「手焼きの実演販売」でした。手作りの臨場感や焼きたてのせんべいには先代からの強いこだわりがあった。二代目小山悟は現在修行中の職人にも「お客様の視点」を意識するように指導を行っている。
小山せんべい店舗は現在、店舗において手焼き実演販売を行っている。また、全国からのイベントや催事への出店依頼も多い。そして現在は国内のみならず、シンガポールや香港でも「手焼き実演」のスタイルで販売を行っている。